2010年4月23日金曜日

宝来山古墳

ウチの家の近くにある崇人天皇の御陵・・・。ちょっと退屈な古事記の話です・・・。



薬師寺、唐招提寺のすぐ近く、近鉄橿原線の走る電車沿いに満々と水を湛えた壕の向こうに見える緑の小山は 第11代崇人天皇の御陵 菅原伏見東陵で 「宝来山古墳」と呼ばれています。



濠に囲まれた前方後円墳の風景としては最も美しい古墳の一つとされており、辺りを見渡せば東に若草山、西には生駒山が遠望できるのどかな田園風景が拡がっています。 周辺は見渡せないほど巨大な古墳です



なにやら眼につく丸い小島・・・・。周壕内にあるこの小島には 垂仁天皇によって常世の国に不老長寿の霊薬を求めて使いに出され苦節十年、 非時香菓(ときじくのかくのこのみ)を持ち帰った 田道間守(タジマモリ) が葬られております。  ※「古事記」では 多遅麻毛理と記述

「古事記」の記述  「 長い時を経た苦しみの末、常世の国に行き着きその木の実を採り持ち帰ってみると大君はすでに亡くなっていた。タジマモリは墓の前でそのまま息絶えてしもうた。その木の実というのはいまのタチバナのことじゃ」 


権力者が求めるのはいつの時代も永遠の命・・・・常世国って結局どこに行ったのだろう? みかんを持ち帰るって事はしまなみ街道の小島か伊豆あたりか? でも10年も探しまわったにしては近すぎる・・・。  タチバナは柑橘類で今のみかんの源と言われている。 万葉時代には奈良、京都にも多く見られ、代々天皇が即位する紫宸殿建立の際 敷地内の橘と桜の大木を表階段の左右に位置するように設計したのが 右近の橘、左近の桜伝説と言われています。

崇人天皇は この他サホビコ、サホビメの秘話、その御子「もの言わぬ王子ホムチワケ 」「石上神宮のおこり」など古事記の逸話に事欠かない興味をそそられる天皇です。



天照皇大神社 (古墳の西)
本殿背後に古墳が見える。



天神社:ご祭神 豊国主命、天照大日霊貴尊(古墳の東)


現在、天皇陵はすべて宮内庁の管理で立ち入り出来ないが、このような形で整備されたのは江戸末期、 管理が強化されるようになったのは明治以後のことで 研究者でさえ立ち入って調査することができない理由のお一つに 天皇家が万世一系であるという説を根本的に覆す秘密の出現を恐れているという見解もある。 

民主党の小沢幹事長の母君や社民党の福島党首の両親が韓国籍だということで、最近のメディアは日本は人のみならず神々までもが朝鮮半島からの帰化人だとまことしやかに語られるようになった。まぁ、いい。真実は一つだろうし・・・。


 



 

2010年4月22日木曜日

皇太子さまが奈良に・・・。



平城遷都1300年祭の記念行事に参加されるため皇太子殿下が奈良に来県。平城京跡に復元された「大極殿」を視察されたらしい。 大極殿は政治や儀式の際に使用された平城京の最も重要な建物で、当時の設計図がないため、発掘調査で分かった基壇から推定され復元。文化庁が2001年から9年の歳月、180億円の費用を費やし復元工事を行った。・・・レプリカに180億円?? この建物に心躍るようになるには今後1000年の歳月を経ないとね。

平城宮跡は120万平方メートル余にわたる広大な野原が奈良市のド真ん中を占領している国有地で、今も発掘調査が進められていて、まだまだ100年はかかると言われています。 奈良は古代史の宝庫でして、デパートを建てる時に長屋王の住居跡が・・・。どこを発掘しても何かが出てくるので道路建設や経済活動に支障をきたしています。 まぁやたら進化しない県が一つくらいあってもいいとは思いますが・・・。 

2010年4月20日火曜日

紫香楽宮(しがらきのみや)



紫香楽宮(滋賀県、信楽)は 奈良時代 聖武天皇が平城京からの脱出を試みて造営した離宮で緑の松林に囲まれた緩い坂の参道を辿ると金剛跡、その背後を囲むように僧坊跡、経堂跡、などの礎石が並んでいる。東西90M 南北役110Mにわたる広い丘陵地には 建造当時の335個の礎石が完全に残っており、はるか天平時代の雅やかな雰囲気が偲ばれる佇まいです。

八幡神のことを書かれていた本に、聖武天皇が紫香楽宮に固執する様子が描かれていた。

5年の間になぜ都を4ヶ所も移動しようとしたのか? 聖武天皇の理想は誰もが仏教に帰依して仏の道を目指す菩薩国家の建設だった。 藤原が牛耳る平城京を避けるため、政都を恭仁宮か難波宮、宗教上の理想を追求する法宮として紫香楽宮跡を選んだが、相次ぐ放火など反対勢力の謀略で頓挫した。 
 


恭仁宮や紫香楽宮に共通するのは穢れた平城の都から逃れたい との思いが伝わる山に囲まれた穏やかな地形で、どちらも葛城山の麓を彷彿とさせる気高い風土が感じられる。

しっかし、聖武天皇ってお母さんも嫁さんも藤原不比等の娘なんですよね・・・。あり得ない話

今日も日経は反落、含み損が1千万に逆戻り・・。こっちもあり得ない話。

2010年4月19日月曜日

柳生街道


平安~鎌倉時代には南都七大寺の僧侶たちの修業の場、名前の通り江戸時代には柳生十兵衛、宮本武蔵や荒木又右衛門たちが往来した街道で、春日大社の南、新薬師寺あたりから、柳生の里に通じている。 現在東海自然歩道に指定されているので標識も完備されている。 


奈良に向かって歩くコースにした。里山の豊かな自然を味わいながら見どころも多く飽きさせない。 中でも柳生街道随一という古刹・円成寺は藤原時代に造営された庭園と最古の春日造の社殿がある事でも有名。峠の茶屋を過ぎて 地獄谷石窟仏や夕日観音、朝日観音・・と春日山原生林の麓を抜けて渓流沿いに歩くあたりは古道の雰囲気が偲ばれ核心部。




九時間歩行、山道といっても石畳で整備されている箇所が多く、随所に舗装道路が交錯、奈良市内に着いてからも延々30分・・・。甘く見て薄い靴下だったので、足の裏に大きな水苞ができてしまった。舗装道路を歩くのは登山と違った心構えが必要と痛感。やはり山のほうがいい!

19日の日経はマイナス193円41銭と3週間ぶりに1万1000円を割り込んで爆下げ・・・。調整しすぎじゃろ! 特に金融の下げで全面安、一日で56万円も損しちゃった、トホ




                      

2010年4月15日木曜日

ゼロサムゲームその2

株や為替の取引はゼロサムゲームといって、お金がぐるぐる回っているだけで誰も儲からない仕組みになっているらしい・・・。一見WIN、Win(ウィン、ウイン)の人も終わってみればゼロになる。

最近ニューヨークの相場が続伸してリーマンショック後の9月以来、約1年半ぶりの高値をつけ日経も二番底はいつ・・。と言われながら回復してきた。

私の含み損も800万円台近くまで回復、最盛期に1400万円だった事を思えば、何と幸せな!日々。
為替も安定してきて900万円の含み損があった2月頃と比べてFXの損失只今20万円。 心安らかな日々で、もぅ~絶対に株や為替に手出ししない!と肝に銘じながらも、日本製鋼所に買いを入れて、早々損をだしちゃった。 

2010年4月12日月曜日

又兵衛桜

桜のシーズンもそろそろ終盤、奈良は大宇陀の又兵衛桜と長谷寺奥の院と称される、瀧蔵神社の権兵衛桜を観賞してきました。



又兵衛桜は樹齢300年、例年7万人の観光客が押し寄せる奈良有数のスポットで、夜桜も楽しめます。初めてなので道路の混雑と駐車場が心配でしたが、500台を越える駐車場には観光バスや直行バスも運行されていて、村を挙げてのお祭ムード満載。村おこしですね。



うってかわって桜井の静かな高台の村里にひっそり佇む権兵衛桜、こちらは樹齢400年。長谷八郷の鎮守とされている神社で長谷寺の二つの地主神のうち本地主がこの神社で、与喜天神を今地主と呼ばれていて、長谷寺に参らば瀧蔵奥の院へも参らなければ片参りと云われています。



ゾクッとする雰囲気を醸し出している神社で、聖域内には弥勒菩薩石仏、黄金塚、観音屋敷など修業の跡地が点在、広大な神社の社そうは学術的見地から天然記念物に指定されています